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最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)610号 判決

上告人

飛島建設株式会社

右代理人

野村均一

大和田安春

近藤昭二

被上告人

大和商事株式会社

右代理人

酒井祝成

長坂凱

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人野村均一、同大和田安春、同近藤昭二の上告理由第三点について。

民法七一五条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」とは、被用者の職務執行行為そのものに属しないものであつても、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属すると認められるものをも包含するものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(当庁昭和三〇年(オ)第二九号、同三二年七月一六日第三小法廷判決、民集一一巻七号一二五四頁、同年(オ)第二八一号、同三六年六月九日第二小法廷判決、民集一五巻六号一五四六頁、同三九年(オ)第一一一三号、同四〇年一一月三〇日第三小法廷判決、民集一九巻八号二〇四九頁)。

本訴は、もと上告会社の被用者で、その伊良湖作業所主任を勤めていた訴外江川衛が、上告会社(旧商号飛島土木株式会社)伊良湖作業長江川衛名義で、額面二二〇万円の約束手形を訴外渡会建材こと渡会九十九あてに振り出した行為を捉えて、右は江川が上告会社の「事業ノ執行ニ付キ」なしたものであるとし、これにより被上告人の被つた損害の賠償を上告会社に請求するものであるが、江川が右手形振出の権限を有せず、これが同人の職務執行行為そのものに属しないことは、原判決の確定するところである。したがつて、江川の右手形振出行為をその外形から観察して、あたかも同人の職務の範囲内の行為に属するものと見うるか否かが、次の問題となるのであるが、この点につき、原判決の引用する第一審判決の認定するところによれば、上告会社伊良湖作業所主任の職務権限は、同作業所管内の請負工事の現場総監督として部下の職員、労務者を監督して、工程表に基づき工事を進行させるとともに、現場長として施主である愛知県その他労務や社会保険の監督官庁へ諸報告をなす程度にとどまり、資材等の購入契約も小口分を除いては直上の上告会社名古屋支店においてなされており、資材代金その他の諸払いも、月額二万円程度の小口払い分を除いては、すべて上告会社名古屋支店より出張のうえ支払われ、したがつて右作業所主任としては東海銀行福江支店に普通預金口座をもつのみで、当座預金口座はいずれの金融機関にも開設されていなかつたのであり、かかる事情は、同作業所に資材を納入していた前記渡会らにおいても熟知していたものである、というのである。これによると、一作業所の主任にすぎない江川のした額面二二〇万円にも及ぶ前記手形の振出行為は、他に特段の事情がないかぎり、とうてい、これをもつて同人の職務の範囲内の行為に属すると認められる外形を有するものとはいいえない。

しかるに原判決が、本件手形は上告会社伊良湖作業所が業務上必要とする砂利等の納入をしていた渡会の窮状を救い、引き続き砂利等の納入を継続させるべく江川が振り出したものであるとして、これを理由に、前記認定事実を無視して、たやすく上告会社に民法七一五条の責任を肯定したのは、同条の解釈を誤り、かつ、この点について審理を尽くさず、理由を備えない違法があるものというべく、論旨はこの点において理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、その余の点に関する判断を省略し、右の点についてさらに審理を尽くさせるため、民訴法四〇七条一項に従い、原判決を破棄して本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(横田正俊 田中二郎 下村三郎 松本正雄)

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